統計から浮かび上がるコロナウィルスの真の恐ろしさ(1)

私は思考依存症だ。常に考える事をやめられない。しかし、厄介なのは、まれに浮かぶ素晴らしいアイディアもしばらくするとすっかり忘れてしまう事だ。ところがきっかけがあって物を書き始めるようになると、最初は苦痛極まりなかったこの作業がしばらくするともはや病みつきになってくる。人間、涙、汗、鼻水、その他諸々あえて言わないが、排出行為にはすべからく快感が伴うと言うが、私にとっては書くと言う作業は思考の排出行為なのかもしれない。排出物を見せられる読者の気持ちを思うと気の毒で仕方がないのだが、これからはブログをきれいにまとめて、読みやすく面白いものに加工して、電子書籍化していこうと思っている。私も少しは自己満足から脱出して大人にならないといけないと反省している。しかし、すべての創造性や文化と言うものは自己満足から始まるのではないだろうか?

    こんな言い訳を書いているのは、ブログもシリーズ物をどんどん完結させていきたいのに、新しい情報が入ってくるとそれについての分析をどうしてもしたくなってしまい、そっちが先になってしまうと言う自分の中の葛藤をなんとなく読者に言ってみたかったのだ。というわけで本日気になっているのは、コロナウィルスの実際の感染者数はおそらく発表された感染者数よりもはるかに多いと言うことであり、それらが今後日本にどのような影響を及ぼすのかという事だ。

    さて、前置きが長くなってしまったが、本題に入ると日本でもようやく抗体検査が行われるようになってきた。私は以前から1時間でできる抗体検査をどんどんやるべきだと思っていた。いわゆるエッセンシャルワーカー(社会を回すのに絶対に必要な人達)から始めて、抗体ができている人はどんどん社会に戻すべきである。

WHOの発表によるとたとえ抗体ができていても、感染したウィルスの量によって、ウィルスが少なかった場合は十分な抗体ができておらず、再感染、発症のリスクがあると言う。(おたふく風邪なんかもそうですね。)しかしそんなことまで考えていたら、いつまでたっても社会が動き出せないし、日本社会は崩壊してしまう。感染リスクの少ない人はどんどん働くべきだ。

    日本国民がどのようにしてコロナウイルスの惨禍から立ち直っていくのかということが政府によって大きな指針が建てられているわけだが、その政府の指針は統計に基づいている。つまり統計が間違っていれば、政府の指針も間違うと言うわけである。最近気になるニュースが出ているので抜粋引用する。

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