フェアトレードが世界を救う(3)

それでは、日本国内ではどのようにしてフェアトレードタウン運動が始まり、広がってきたのでしょうか。日本で初めて運動が起きたのは熊本市でした。一九九三年から市内でフェアトレードショップを経営する明石祥子さんが、

「フェアトレードタウン構想」を市に提案したのです。きっかけは、二〇〇三年に市活性化のアイデアとして「体験型観光とその二年前に東京のフェアトーレド団体の代表からフェアトレードタウン運動の話を聞き、勧められたことにありました。提案後明石さんは、市当局や市議会への働きかけを本格化させました。毎年開催するフェアトレードのファッションショーで当時三〇歳台だった市長にモデルとして登場してもらったり、知り合いの市議に議会で市をフェアトレードタウンとすることについて質問してもらったりしました。市長は提案に好意的だったのですが、市民の間に フェアトレードの認知や支持が広がらなければ実現は難しいという考えでした。

そこで途上国から生産者の人たちを招いてセミナーを開いたり、学校への出前授業を行ったり、頻繁にファッションショーを開催したんりと、フェアトレードの浸透を図る様々な活動を繰り広げました。 そうやって手応えを感じた二〇〇九年、運動の推進母体となる「フェアトレードシティ推進委員会」を立ち上げました。

熊本の動きは、フェアトレードを広めるのに苦心してきた各地の人たちを触発しました。名古屋市で一九九六年からフェアトレードショップを運営してきた土井ゆきこさんは、地域とのつながりをぬきにフェアトレードは広げられないとの思いを強め、二〇〇九年夏に「名古屋をフェアトレードタウンにしよう会」を立ち上げました。

地元タレントの原田さとみさんも、企業や

「行政などを動かしてフェアトレードタウンを実現しようと、同年末に「フェアトレードタウンなごや「推進委員会」を組織しました。

札幌市では、フェアトレードショップ 関係者を中心に、フェアトレードを広める祭典「フェアトレードフェスタを二〇〇三年から毎年開催する中で、二〇〇八年の祭典中に札幌をフェアンにしようという機運が生まれました。そして勉強会の開催や運動の組織化を進め、二〇〇九年末にフェアトレードタウンの実現を目的の一つとする「フェアトレード北海道」が発足しました

「東京では、首都圏のフェアトレー ド団体の代表や学識経験者などからなる「フェアトレード推進会議」が二〇〇九年末に結成され、ました。こうして、期せずして二〇〇九年に熊本、名古屋、札幌、そして東京でフェアトレードの実現や推進を図る組織が同時に生まれたのです。「機が熟した」とはこういうことを言うのでしょう。いま振り返ると、二00九年が日本の「フェアトレードタウン元年」だったと言えると思います。

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