ESDやSDGsで異文化交流がなぜ大切なのか?(7)

「違いを恐れず楽しむ態度」が重要であると述べましたが、ミルトン·J ・ベネット(Milton J. Bennett)は文化の違いに対する受容度(異文化感受性)は個人の文化の違いに対する認識の仕方であり、それは段階的に発達するとして、「異文化感受性発達モデル(DM& Developmental Model of InterculturalSensitivity)」を提唱しています。

このモデルでは異文化感受性の段階は前半と後半、各3つの段階に分かれ前半が自民族中心主義(ethnocentrism)に基づいており、半は文化の違いや多様性を認めることを前提とする自文化自民族相対主義に基づいています(ethnorelativism)

前半の第1段階は文化の違いというカテゴリーが確立されていない「否定」、第2段階は文化の違いをメディアなどに影響された単純なステレオタイプやイメージとしてとらえ、自文化に対する脅威として感じる「防御」、第3段階は「最小化」で、この段階では、表層的な文化的相違より深層部分の人間文化の共通性、人間の普遍性を強調することによって文化の違いに対する否定的感情を解決しようとします。ここまでの段階では自文化の物差しで文化の違いを認識し、他文化には異なるコンテクストが存在することを理解していません。

後半の3つの段階では、自文化は他文化の他文化のコンテクストにより体験され、認識されます。第4段階では文化の違いを受け入れられるようになり、文化が違えば物の見方や考え方も異なることもあり得ると理解し始める「受容」、第5段階は他文化のものの見方や世界観に切り替えることができるようになり、必要なときには他文化のやり方を行動に移せるようになる「適応」、最後の段階は「統合」で自己認識やアイデンティティは自文化のみにとらわれずに他文化の世界観を取り入れるまでに拡大し、自文化と他文化の世界観を自由に行き来することも可能になります。この「統合」の段階の人を一般的には「バイ(マルチ)カルチュラル」と呼んだりします。

誰でも「統合」まで発達する可能性や必要性があるかは断言できませんが、多様な文化や価値観に直面しながら共生することが不可避な21世紀の社会で自文化/自民族相対主義に基づいた「受容」や「適応」が必要となるのは否定できないでしょう。

第5段階、他文化のものの見方や世界観に切り替えることができるようになり、必要なときには他文化のやり方を行動に移せるようになる「適応」、最後の段階は「統合」で自己認識やアイデンティティは自文化のみにとらわれずに他文化の世界観を取り入れるまでに拡大し、自文化と他文化の世界観を自由に行き来すること、すべての日本人がこのようになる必要は無いのです。このような人たちが国と国との架け橋、あるいは潤滑油になってくれればいいのです。

私たちは自分たちの文化、自分たちのアイデンティティーに自信を持ちながら、他の文化やアイデンティティーを楽しむことができるようになります。それはとりもなおさず人類の進歩であり、人類が物経済だけではなく、精神性私たちは自分たちの文化、自分たちのアイデンティティーに自信を持ちながら、他の文化やアイデンティティーを楽しむことができるようになります。それはとりもなおさず人類の進歩であり、人類が物経済だけではなく、精神的にいたかになると言うことなのです。精神的に豊かになり、喜びや楽しみを享受すると言う事は今まで地球を破壊し尽くしてきた、大量生産大量消費とは真逆にある概念なのです。それこそ私たちが目指すべきものだと言えるでしょう。

ですからESDやSDGsにおいて異文化交流が重要な柱になってくるのです。

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