ESDやSDGsで異文化交流がなぜ大切なのか?(1)

ESDはEducation for Sustainable Developmentの略で「持続可能な開発のための教育」と訳されています。ユネスコによって定められました。今、世界には環境、貧困、人権、平和、開発といった様々な問題があります。ESDとは、これらの現代社会の課題を自らの問題として捉え、身近なところから取り組む(think globally, act locally)ことにより、それらの課題の解決につながる新たな価値観や行動を生み出すこと、そしてそれによって持続可能な社会を創造していくことを目指す学習や活動です。

つまり、ESDは持続可能な社会づくりの担い手を育む教育です。

持続可能な開発目標(SDGs)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標です。

ESDはかなりの歴史を持ち、SDGsはまだ始まったばかりです。この両者が協力して同じ目標に向かって進んで行けば、スピードが2倍になるはずですが、少なくとも日本国内においてはこの両者の協力関係はうまくいっていません。私は理論面でこの両者の橋渡し的存在になれれば良いと考えています。

コミュニケーションの表現の仕方は文化によってさまざまです。直接的な表現をとらないことを好む文化、無駄なことをしゃべるのであれば、黙って何も言わないほうがよいとする文化があります。日本文化はほとんどの面において控えめです。自分の意見を述べたり、感情を表現したりするのが苦手な面があると思われます。さらに、日本文化は陰湿的な所があります。

私はトータルで3年間アメリカ人と一緒に生活しました。それこそ寝食を共にしたのです。またアメリカの英語学校では世界中の人々と交流する機会がありました。これは日本人を馬鹿にするわけではなく、日本人の常識や価値観がとてつもなくちっぽけなものに思われました。日本人の若者はぜひ20代の前半に、アメリカだけではなく世界各国に出向いてほしいと思います。そして日本に帰ってきて各国の文化を日本にフィードバックしてほしいと思うのです。それをすれば日本は確実に文化的にステップアップできる確信があります。

日本人は海外の人に「陰湿」と言われ嫌われてしまう傾向があります。これは様々なメディアを見ればわかる紛れもない真実です。そこには、外国とは異なる日本人独特の国民性や文化が深く関係していることが分かります。真の国際化を目指すために我々日本人を客観的に見つめ直してみましょう。

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