ESDになぜ大きな柱として文化・異文化交流が含まれているのか(1)

ESDの大きな柱の一つが異文化交流です。私はその重要性を理解しながらも、今1歩踏み込めずにいました。ピンとこなかったというのが正直なところです。反面、世界ではインターネットの技術が飛躍的に進歩し、もはや、政治家による外交に頼るのではなく、一般市民同士が学生同士が本音で意見を交わすことによって、また友人になることによって、新しい世界が展開する可能性について十分気づいていましたが、それを具体的に、どのように展開するのか、どのように理論体系化するのか想像もつかなかったのです。実際にESDの異文化交流は他の分野と比較すると比較にならないほど難しい。難しく思えてしまいます。しかしながら、私のESDを推進している仲間が今まさに異文化交流の必要性に迫られている現場を見て、私もほうっておくこともできず、わからないながらも勉強しようと思い立ったところです。

文化は、地域の生態系と歴史に根ざす知識体系や生活様式に分かちがたく結びついた「ひとつの生きたシステム」です。

これがESDに文化とか異文化交流が取り入れられないければならない重要な理由なのですが、文化と言うのは人間にとって最もワクワクするようなドキドキするような感動するようなそういうものではないでしょうか。絵画であっても、映画であっても、演劇であっても、食文化であっても、伝統文化であっても、生活習慣であっても、地域行事であっても、ダンスであっても、とにかく文化に類するものはほとんどが人間の魂の発露であって、人間の精神と分かちがたく結びついたものです。

こう言ってる時点で、またもや難しくなってしまいました。文化について語るときには難解な議論を避けることができないようです。私は基本的には中学生が理解できるレベルで話し、書き、語るのが信条です。真実とはそのようにシンプルであると思っているからです。

しかし今までの体験から行って、私はいくつかの分野の学問をしてきましたが、わかりやすく面白く語れるようになるのはその学問にある程度精通してからだということが痛いほど身に染みてわかっております。ですから異文化交流論に関しては、全く素人の私は難解な陳述を避けることができないようです。仕方ないので、愚直に学んだことと考えた事を整理しながら書いてみたいと思います。

今世界では少数言語が急速に消滅しつつあります。日本で言うならば、とてつもなく重要で貴重なアイヌの言語や文化がとてつもない勢いで失われています。私は両親の出身が北海道であり、キリスト教の宣教師として北海道の各地を転々とした経験からアイヌの人々ともある程度の交流を持ちました。またアイヌの言語や文化を専門的に研究している方とも交流がありました。その結果、アイヌの文化がもはや修復不可能なほどに失われていると感じています。これは私の意見なのですが、アイヌ人は日本の原住民族に極めて近い存在だと考えています。つまりアイヌ人は縄文人の文化、伝統、言語を受け継いでいる可能性があるわけです。それがもはや修復不可能なまでに失われてしまいました。私の考えは歴史学、文献史学、考古学、民俗学というのは分かちがたく結びついていて、互いに影響を与えあうべきものだと思っています。その方よくと言える民族学すなわちアイヌの民族学的知識が失われてしまったのです。この損失は計り知れません。

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