ESD、SDGsの達成度を測る指標〜GDP(国民総生産)からGPI(本当の成長の指標)、GNH (国民総幸福)へ(13)

一方、育児や家事、ボランティアなど、お金のやりとりを伴わない行為については、それがいくら個人や家庭、地域の幸せや満足につながるとしても、GDPには計上されません。また、GDPでは国全体の経済規模を測りますが、国民に富が平等に分配されているのかという点は反映されていません。 一般には、GDPというパイが大きくなれば配分も増え、貧困が解消されるといわれがちですが富が平等に再分配されるかどうかは、GDPとはまた別の話なのです。GDPの成長が、私たちの幸せや豊かさと必ずしも結びついていない現在の状況を、このように言い表すこともできるでしょう。「今では世界中いたるところに無数の『ミナマタ』や『チェルノブイリ」が拡散しています。虫や魚が住めなくなった地域にも、シックハウスと呼ばれる家にも、添加物だらけの食物にも、アレルギー疾患を抱える身体にも。これらの問題の根源が経済成長なるものにあることを、私たちはもう知っているはずだ GDPなどという指標が、私たちの地域、家、食物、身体にそぐわないものとなっていることを痛いほど感じているはずだ。家にはモノが溢れてはいますが、家庭の時間はますます少なく貧しくなっています。環境破壊が進み、交通事故が増えても「成長」とみなされるのに、家族のための時間や社会のためのボランティア活動はプラスに換算されない。これはおかしいのではないかと、アメリカの「リデファイニング·ブログレス」(Redefining Progress =進歩を定義し直す) というNGOがGDPに代わる新しい指標を提案しています GDPには換算されない、幸せにつながるものを足して、幸せにつながらないものを引いた「真の進歩指標(GPI:Genuine Progress Indicator)」という指標です。

上は「リディファイニング·プログレス」のグラフです。GDPとGPIはある時期までともに伸びています。しかし、1人あたりのGDPが1950年以来ずっと右肩上がりで伸びているのに対し、1人あたりのGPIは1970年三代半ば頃からずっと変わっていません。

日本の私たちの実感としても、だいたいこれに近いのではないでしょうか。日本は世界有数の経済大国といわれながら、派遣切りやネットカフェ難民という現象、自殺率の高さをみても、本当に豊かな国なのか、国民が幸せを感じる

社会なのか、疑問に思う人も少なくないでしょう。

GDPだけで経済成長を測り、それを豊かさや幸せの指標にする時期はそろそろ終わりなのではないでしょうか。 GDPと豊かさや幸せはイコールではありませんし、私たちもGDPを増やすために生きているのではありません。GDPが何%上がった、下がった、と一喜一憂するのではなく、それは私たちの幸せにつながっているのか、そうでないのかをきちんと見極める必要があります。そのためにも、GPIのようなGDPに代わる指標が、これからますます求められるようになってくるでしょう。

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