ESDとは何か?(9)〜日本のESD教育の成功例 「フリースペースえん」

「えん」には毎日、30 ~ 40人ほどの子どもたちが通うそこに身を置いてみると、不思議な空間であることに誰もが気づくでしょう。 大規模校に見られるような管理はなく、子どもたちは自由気ままに過ごしている それぞれがグループで遊びまわったり、個人で読書や演奏をしたりしています。

「つながりのある安心感のなかで多様な学びや育ちが保障されています。地域のなかで生き、誰もが緩やかに集っています。

「居場所」とは、単なる物理的な空間ではなく、学校や家庭、その他にも身を寄せてきた若者が安心して過ごせる温かな空間であることが実感できます。

経済優先の社会のなか、日本の多くの子どもたちは否応なく産業界の期待に応えるように育てられてきました。

「よりよい大学へ、よりよい会社へ」という価値観のもと、親や教師の期待に沿うように育てられた子どもは少なくありません。大人の理想とする子ども像に自らを合わせられない子どもは社会のメインストリームから外されていきました。。そんな風潮のなか、自分を肯定できない若者が増えています。自らを傷つけ、もしくは他者を傷つける子どもは少なくありません。こうした子どもが幸せになれない社会とは、はたして持続可能な社会といえるでしょうか。

上のような社会情勢のなかで「えん」は希少な空間です。「生きている、ただそれだけで祝福される」-この言葉は「えん」のパンフレットに書かれている言葉ですが、その意義は競争社会のなかで常に厳しい評価にさらされてきた子どもにとってはこの上なく大きいのです。「よい子」「わるい子」という拙速な価値判断は下されず、ありのままの自分が受容されるのです。

「えん」では、社会の基準や制度的な規範がはじめにありきではありません。代表である西野博之が「子どもの「いのち」の方に制度やしくみを引きつけてくること。そのことが実現できれば、もう少し生きやすい世の中になるのではないかと思う」と述べるように、「えん」は〈生きとし生けるもの〉が互いに応答し合う関係性のなかで自らのルールや〈規範〉 をつくっているケアリングな共同体なのです。それは、ジェーン·マーティン のいうところの、「学校」よりも「ホーム」に近い空間なのかもしれません。

「えん」のようなサスティナブルな空間が二重のシステムで保障されていることは重要です。1つは冒頭で述べた子どもの権利条例という法システムであり、もう1つは「居場所」のスタッフによる献身的なケアを通した柔らかなシステムです。これらのシステムを社会のなかではもり、育んでいくこと、それがESDへの道なのではないでしょうか。

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