総力特集 SDGsとESDをうまく繋げるためのESD理解〜現代教育の歴史的背景(7)

最初に少し、法律による教員の活動の制限について書きます。現在、教師には政治的活動する権限が与えられていません。これは憲法で保障されている個人の思想信条の自由に反するものであり、明らかな憲法違反です。

このような悪法が整備されるのは与党の都合によるものだと思われます。教員は昔はリベラルが多く、団結力もあったので、与党にとって非常に都合の悪い存在だったわけです。そこでこのような悪法を作って、教員の政治活動を取り締まったと考えられます。とんでもないことです。まるで独裁政治です。日本国民も、教員も国際的な視野に立って、物事を考え、おかしい事はおかしいと言えるようにならなければなりません。

話しを教育に戻します。やがて高校進学に際しては大学進学に有利であることが志望の要件となり、社会的評価の高い普通科の高校に人気が集中しました。高めていくことになりました。

さらに、高度経済成長を支えるための教育は、系統主義的かつ競争主義的な詰め込み教育によって、より能力のいものを析出しうとしました。こうした一連の変化と、人為的な政策が絡みあい、学力競争における勝者と敗者とがつくり出されていくことになります。すべての生徒は偏差値によって序列化され、その序列はさらに学校の序列をつくり出しました。

やがて、普通科に合格できなかった者が職業高校へ、全日制に合格できなかったたものが定時制·通信制高校へ、という構図が一般化されることになったのです。

1960年代から70年代にかけての「非行」や「問題行動」は、学力競争の、敗者の側に顕著にみられたため、「落ちこぼれ」問題と称されました。70年代に入ると、90%を超える進学率と反比例するかのように高校中退題が登場するのですが、当初はその主たる原因は「学力不振」や暴力行為を含む、問題行動などでした。教育現場における落ちこぼれ問題は50年代後半から60年代にかけての厳しい詰め込み教育と過度なと競争主義によってもたらされたものであるとして、教育行政上のt対応がせまられることになります。

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