総力特集 SDGsとESDをうまく繋げるためのESD理解〜現代教育の歴史的背景(1)

ちょっとおもしろい話から。

18世紀後半から19世紀にかけての産業革命は、世界筆頭の地位をイギリスにもたらし、長きにわたりそれを維持させてきました。

この期間、イギリスは特にライバルもなく世界ナンバーワンの地位を維持し続けました。近現代史はここから始まります。まずはこの理解なしには近現代史を語ることができないのです。

この産業革命は、国の教育政策とは関係のない民間産業の場で生じたものでした。また、イギリスには強力なライバル国もありませんでした。産業革命によってもたらされた世界の随一の国イギリスという立場は、長い間

公教育を積極的に促進させようとする動機を弱いままにとどめてきたのです。

もっとはっきり言ってしまえば、産業革命は人間を2つの地位に格付けしました。1つは資本家であり、1つは労働者でした。産業革命において必要なものはほんの一握りの資本家と大量の労働者でした。

この時に作られた経済モデルこそが、現在までずっと続く、貧富の差を維持し続ける経済モデルの始まりだったのです。

つまりイギリスには公教育を推進しようとする強いモチベーションがありませんでした。

1872 (明治5)年、明治政府によって「学制」が発布され、国民すべてが初等教育を受けることが定められました。当時の日本はようやく前近代社会でした。目的はもちろん富国強兵殖産興業でした。国民を教育することによって国を強くする。日本にはこの選択肢しかありませんでした。

当然のことながら日本とイギリスの間にはすでに著しい発展の差がありました。それにもかかわらず、イギリスにおいて初等教育が義務化されたのは、1870年の基礎教育法においてのことであり、日本の学制発布とわずか

2年の違いしかなかったのです。

すごく面白くないですか。超先進国のイギリスと発展途上国の日本で初等教育の義務化がなされた時期が2年しかない時間はなかったのです。イギリスは国を強くするためになるべく初等教育の義務化はしたくなかったのに対し、日本は国を強くするために初等教育の義務化をした。モチベーションも全く逆であることがわかります。

国を強くするためには国民を教育するしかない。この考え方は、いいところもあり悪いところもあると思います。

国のために国民があると言う考え方の時代もあったでしょうが、現代では国民のために国があるというのが正しい考え方でしょう。

例えば公教育において基本にあった考え方は良質の労働者を社会に供給するためにどのような教育を施すべきかと言う考え方が文科省にはずっとありました。これは否定しようのない事実です。これは日本が発展する過程において、必要悪であったのでしょう。しかしこれからはこれではいけません。

日本人がどのように豊かに生きられるかそのための教育であり、その結果として国家の繁栄がもたらされるべきであるのです。

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