総力特集 SDGsとESDをうまく繋げるためのESD理解〜現代教育の歴史的背景(6)

1950年代、中央教育審議会(中教審)は経済界の重要人物によってリードされていました。今、考えるととんでもない事です。このころの教育がより良い労働者を生み出す事に集中していたのもよくわかります。

本来、教育というのは読み・書き・算に加えて生きていくための基本技能を習得するとともによりよく生きるための知識や教養と心の豊かさを学ぶ機会でしょう。

中教審のリーダーが済界の重要人物というのは、見当違いも甚だしいと言わざるをえませんが、この時代の時代背景を考えれば致し方ないと私は思います。

1957年の「科学技術教育の振興方策についての答申」では、科学技術教育を中心とした系

統主義的学習への回帰の必要性が強く主張され、それは先に言及した1958年の学習指導要領の改訂にストレートに反映されることとなりました。

この時期の公教育は、さらに高度経済成長を支えるための「人的能力開発政策」の側面が非常に強いものだったのです。

公教育理念の転換

1960年代後半から70年代に入ると、学校での生徒の問題行動が青少年問題の中心となってきます。藤田英典氏の分析によれば、60年代半ば、戦後における少年非行の第二の波のピークを迎えていました。このときは、「非行」の件数が増加し、さらに60年代後半は大学紛争・高校紛争などの勢いが高まっていきます。また70年代に入ると暴走族の問題が増加するなど、学校を舞台とした青少年の問題行動は大きな社会問題として認識されるようになりました。

一方、1950年代から60年代の高度経済成長期は公教育の拡大の時期でもありました。1つの要因としては、1947年頃から50年代前半にかけてのいわゆる「ベビーブーム」に生まれた世代が60年代前半頃に高校進学の時期

を迎え、進学者の母数が著しく増大したことがあげられます。これに加えて高度経済成長が家計を豊かにしたことによって、進学率が著しく増大することになりました。この時期、すべての者が高校に進学できるようにさせようとする「高校全入運動」まで起こったのです。

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