総力特集 SDGsとESDをうまく繋げるためのESD理解〜現代教育の歴史的背景(5)

55年体制で勤務評定問題(現在では当時よりさらに締め付けが厳しくなっています。)、「学テ(全国中学校青学力調査)」問題(現在では全国学力テストは再び復活しました。)と、50年代後半から60年代にかけて、公教育に対する国家統制を強めようとする政府の思惑とそれに対する教職員の抵抗運動が激しくぶつかることとなったのです。

教員の奮闘むなしく、すべては政府自民党の思惑通りとなりました。公教育は完全に国家統制下に入りました。別に私は、左翼的な教員ではありませんし、政治的中立性には排除しているつもりですが、中立的な立場から見てもそのように見えると言うことです。

同時期、日本には朝鮮戦争による特需をきっかけとして経済復興の機運が高まっていました。 1960年に入るとそれは「所得倍増計画」として国策として取り組まれていくことになるのですが、それはそれを支える産学協同の体制を再び強く要請するものでした。そのため、この時期は、経済界の人材確保の要求が公教育政策に直接的に反映されています。学校は従順で性能の良い労働者を作り出すための工場となりました。これはもはや教育とすら呼べません。現在の学校教育にも、明治時代の軍隊教育、GHQ統制下での戦後教育、そして高度経済成長期の労働者教育。これらの影響があまりにもくっきりと残っています。残っていると言うよりもそのものだと言えるでしょう。

中教審の影響で、かなり学校改革が進んできました。しかし、私にはまだまだ表面的な改革にしか過ぎないように見えます。

学校教育に必要なのは、今までの軍隊教育、服従教育、教師が生徒と一緒になって1部の生徒をいじめるようないじめ教育これらを全て排除して、新しい教育を作り上げることが必要です。

いろいろな要素が出てきていますが、私が傾倒しているのはインクルーシブ教育。すなわち今までのような指導によって生徒を導くのではなく、すべての生徒を支援していくと言う考え方の教育です。この教育に私は自分の命を捧げても良いと思います。

そしてもう一つ必要なのがESD教育です。ESD教育についてこれから書いていくわけですが、国連のSDGsと言う概念を打ち出しました。これは世界を持続可能にするために全人類が共有する17の目標なのですが、これが実に素晴らしい。ところが同じ文脈上で出てきているESDとSDGsが少なくとも日本においては全くと言ってもいいほど協力関係が築けていないのです。

普通、教員はESD教育から入るものですが私は特殊なパターンでSDGsから入りました。SDGsは明らかにESDの延長上にあるのに、二つの間にはあたかも深い溝が横たわっているようです。

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